一番街の小さな文具店が人で溢れた日

一番街の小さな文具店が人で溢れた日

今日は久しぶりにカレーでも作ろうかとオフィスの階段を下り、一番街に出てローソンづたいに駐輪場に向かおうとしたそのとき、目に入ってきたのは一番街には似つかわしくない人だかりだった。

あれ?何かセールでもやっているのかな。

近づいていくとまず見えたのは「シャチハタ500円」と貼ってある印鑑販売用のケース。(あの、ぐるぐる回るヤツ。)

そして足元には、無造作に置かれたダンボールと、そしてそれぞれのダンボールに入った、引越お知らせ葉書、出納帳、原稿用紙、アドレス帳、がばん、アルバム、タイムカード・・・。

「こんなものもあった。どうかしら、絵の具とか入れられるわよ。可愛いわねえ。」

そう言いながら、赤い、肩に掛ける紐のついたケースのようなものを持って出て来たのは、おばあちゃんと呼ぶには少し若い女性だった。

「シャチハタは500円、それ以外はどうぞ自由に持って行って下さい。」

腕まくりをした男性が、誰にというわけではなく、声をかけている。

よく見ると、店のシャッターには黒いマジックで書かれた手書きの貼り紙が1枚貼られていた。

 

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「当店は8月15日に閉店しました。」

 

下北沢一番街5区すずらん堂、そのお店の前を、私は何度通って来ただろう。

そこに、こんなお店があることに気づいてさえいなかったのは、きっと私だけではないはずだ。

ひっそりとたたずむその店は、きっと閉店の日も、いつもと同じようにひっそりとそこにあったのだろう。

 

「これ、お習字の練習ができるわよ。お孫さんにどうかしら。こっちのかたはどう?あら、お孫さんがいる感じじゃあないわね。むしろあなたがたがお孫さんね。」

額にうっすらと汗をにじませ、頬を赤らめながら、その、呼び込みともひとり言ともつかない声をあげる女性の顔には、不思議な高揚感が漂っていた。

道にならぶ文房具を見ては手に取り、鞄に入れ立ち去り、そしてまた通りかかる人が足を止める。
今日はもしかしたら、これまでで一番、お店が賑わっている日なのかもしれない。

ファイルや方眼紙など実用的なものがあっという間になくなっていく中で、時代の変化とともに使う人の少なくなった文房具たちが、ダンボールの中にいつまでも取り残されていた。

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